(たぶん長くなる)
私が言葉で伝えることをどれだけ大切にしているか。
あ。でもその前に人生観を語らなきゃいけないかも。
私はいつからかなぜか明日死ぬかもなあって思ってて。
死っていうのがすぐそばにいるっていう感覚で生きている。
ただ,私は生きるのは本当につらいし,もういつでも死にたいけど,
その反面,死んだら無になってしまうから,自分の大切な人が困っているときに手を差し伸べることも,今つらいと思っていることを改善することも,
これから出会うだろう素敵な出来事を体験することもできなくって,
ただそれらを傍観することしかできなくなるのはいやだなと思う。
だから,生きるのをやめるのは簡単だけど,死ていう安易なものに手を出しちゃいけないと思って生きてる。
そして,明日死ぬならば,自分の大切な人に大切ってちゃんと伝えなきゃって思うようになったのね。
自分が今死んだとして後悔はないかって。
好きな人に好きって言った?
大事に思ってるよって伝わってる?
きっと今死んだら,死を迎えたら,あーもっともっとたくさん言えばよかったって思う。
私のこの気持ちはきっと半分も伝えられてないって思う。
だからちゃんと伝えたい。
ポジティブなことならいくら言われたってマイナスじゃない。
私を支えてくれてる大好きな人たちにちゃんといつも伝えたい。
だから些細なことでも伝えるように。
ありがとうも,大好きも,尊敬も
今100%伝わるようにしたい。
行動で示しても,私は自分の思いが相手に届いているかなんて自信もてないな。
行動でも言葉でも両方で伝えたい。
伝わってる?って聞きたい。
この想いを強制することはできないけど,行動で示してるってやっぱり伝わらないんじゃないかな。もちろん,すごく長い付き合いなら信頼関係も成り立ってるし,
この人がこの行動をしてくれてるなら安心だっていうのもあるかもしれないけど。
日の浅い付き合いなら,なお,言葉で伝えていくことが信頼をつくることにつながるんじゃないかな。
言葉で言ったことをちゃんと行動で示してくれる人なんだな。
嘘じゃないんだなって。そう思えることが信頼じゃないかしら。
逆に言葉にしていなければ,何を意図してやっているか伝わりにくい。
ただ自然と(反射的に)行動したのかも,
たくさん考えてその答えとして行動に移したのかも
わからない。
だってエスパーじゃないもの。
行動だけじゃ「気持ち」の部分がわからないもの。
言葉は自分自身の想いの現れ。
言葉が言霊なら,やっぱり伝えることって意味があるんじゃないかな。
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うまく書いてるのを見つけたのでリンクとともにテキストを載せておく。
http://www.shiawasehp.net/diary/200810/21.html
PHP11月号の特集は『心と心が通じる気持ちの伝え方、表し方』。
池上彰さん(ジャーナリスト)は、
日本には昔から「以心伝心」という言葉があります。「以心伝心」で心が伝わることもあるでしょうが、それが当たり前と思わないほうがいいのでしょう。
それはとても素晴らしいコミュニケーションではありますが、やっぱり言葉にしなければ相手に伝わらないと私は思う。
「以心伝心」に頼っていたら、どこかですれ違いが起こってしまう。
つまるところ、気持ちを伝えるというのは、言葉で伝えることに尽きるのではないでしょうか。
他人の心は(確実には)わかりません。
「本当に伝えたいことは言葉にして伝えたほうがいい」のではないでしょうか。
好きな気もちがあっても、やさしい気もちがあっても、感謝の心があっても、思いやりの気もちがあっても、相手の幸せを願う心があっても、愛する心があっ ても、・・・それが自分の言動に表れなければ、相手には伝わらない(ことが多い)と考えたほうがいいのではないでしょうか。
そして、伝わらなければ、相手にとっては、自分にそういう心がないのと変わりありません。
相手を思う心があるのなら、勇気をだして、言葉や行動に表したほうがいいのでしょう。
それで相手に感じるところがあれば、自分の心は相手に伝わるのではないでしょうか。(相手によっては伝わらないこともあるでしょうが)
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